ペットロスは、別れの前から始まっている ――看取りの質は日常の中で決まる

※このブログは2022年に書いた記事をより要点を絞ってリライトしたものです。
愛するペットとの別れが近づいてくる時、飼い主さんの心は揺れます。
「この選択は本当にこの子のためになっているのか」
「私のやっていることは正しいのだろうか」
これは当然の感情です。
むしろ、揺れない人の方が少ない。
問題は、その揺れが「別れの後」だけでなく、「別れの前」からすでに始まっているということです。
そしてその揺れは、ペット達にも伝わっています。
23年の現場で気づいたこと
現場で気づいたことがあります。
相談内容は様々なのですが、悩みが長引くケースには共通点があります。
それが、私が『思い癖』と呼んでいるものです。
思い癖とは何か。
例えば「もっとできることがあったはず」という後悔の反芻や、「この選択で本当によかったのか」という答えの出ない問いをいつまでも繰り返すこと。
こうした無意識の思考が、問題の本質を複雑にしているように感じられるのです。
体調不良、問題行動、終末期医療をどうするか。
内容はそれぞれ違います。
飼い主さん自身は無意識なのですが、悩みの本質がペットの問題ではなく、そのことを通して浮かび上がる飼い主さんの観念や思考パターンにある、というケースが少なくないのです。
ペットへの心配が心配を呼び、実像以上のものに見えてしまっている。
そう感じたことが何度もありました。
ペット達は、飼い主さんを見ている
看取りは、日常の延長線上にあります。
だとすれば、飼い主さんにできることは何か。
それは、
「飼い主さんが本当の意味で自分を大切に過ごしている姿」をペット達に見せることだと私は思っています。
物理的なケア—良い食事、住環境、医療など—はもちろん大切です。
でも、それと同じくらい、あるいはそれ以上に、飼い主さんの気持ちが穏やかに整っていることの方が大切なのです。
ペット達に誤魔化しは通じません。
飼い主さんが満たされていると、それが自然と彼らに伝わり、安心させます。
逆もしかりです。
無理をして元気なフリをする必要はありません。
動物達はそれをいとも簡単に見抜きます。
気持ちが整うと、選択が見えてくる
終末期に向き合う時、情報を集めることは大切です。
でも同時に、情報に振り回されないことも大切です。
「選択する力」とは、情報の適切さを見極める力であり、自分が選んだことを信じる力でもあります。
看取りの場面で湧いてくる迷いや不安の正体は、「死」への恐れだけではありません。
その多くは、飼い主さん自身の「選択への迷い」「決断することへの躊躇い」から来ています。
気持ちが整ってくると、自然と見えてくるものがあります。
高度な治療ができるかどうかではなく、
「この子に何をしてあげたいか」が。
それは飼い主さんにしか分からないことです。
獣医さんではなく、飼い主さんが選ぶことなのです。
今からできること
ペットロスへの備えというと、「死を前提にした準備」のように聞こえるかもしれません。
でも私が伝えたいのはそういうことではありません。
ペット達がそばにいてくれる日常を、少し意識的に大切にしてほしいのです。
そのためにやってみてほしいのが、関心をペットから少しだけ自分自身に向けてみること。
・自分らしく過ごせているか?
・無理をしていないか?
・リラックスできるのはどんな時?
・本当は何が好きで、何を大切に思っている?
こんな問いを自分に投げかけて、返ってきた答えに耳を傾けてみてください。
私はこれを丹念に繰り返しているうちに、飼い猫達への見方が変わっていきました。
「守られるだけの存在」「癒しを与えてくれる存在」ではなく、共に在る存在として見るようになりました。
飼い主さんが何かの思い癖に縛られたままでいると、ありのままのペット達の姿が見えにくくなります。
自分を整える(大事にする)ことは、ペットとの関係をよりクリアに見るためでもあるのです。
最後に
愛するペットを亡くした飼い主さんにいつも贈っている言葉があります。
「死はすべての終わりではなく、長いお付き合いの中の通過点かもしれませんね」と。
死をどう捉えるか。
それは看取りの質にも、ペットロスからの回復にも、深くつながっています。
私自身がどのように死と向き合うようになったかについては、こちらの記事に書いています。
何気ない一日の積み重ねが、その質を決めていくのだと思っています。










