AIが「正解」を出す時代に、私たちが磨くべきもの(2-2)
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前回の記事で、AIは質問した人の前提を映し出す「鏡」だと書きました。
では、その鏡の精度がさらに上がったとき、私たちはどうなるのか。
近い将来、AIは私たちが見落としている盲点まで先回りして指摘してくれるようになるでしょう。←AIがそう言っていました。
そうなったとき、正直なところ、情報の「正誤」を人間が判定することにはあまり意味がなくなっていく気がしています。
AIが提示する答えは、私たちのキャパシティをとうに超えた広いフィールドからもたらされるのですから。
そして、考えない丸投げの人間が量産される。
これは冗談ではなく、かなりリアルな未来予測だと思います。
揺れる心のアンテナ
高齢猫の腎臓治療を例に考えてみます。
医学的な正解は、たとえ臨終間近であっても輸液を続けることかもしれません。
治療法としてはそれが「正しい」。
でも、それを見ている飼い主の心は揺れ始める。
「これは本当にこの子にとっての正解なのか。自然に逝かせてあげた方がいいのではないか。」
一方で、目の前の愛おしい命への執着もある。
どちらを選んでも苦しい。
こういう場面に、現場で何度も立ち会ってきました。
そして思うのは、この「揺れ」こそが大事だということです。
揺れているということは、自分の感覚がまだ生きている証拠ですから。
AIはこの場面でも、網羅的な選択肢を提示してくれるでしょう。
でも「どれを選ぶか」は、
最終的には飼い主自身の「快・不快」、
つまり腑に落ちるかどうかという感覚にかかっています。
正誤ではなく、納得できるかどうか。
お手本はそばにいる
動物たちは、AIの進化なんて関係なく、今この瞬間の感覚に忠実です。
正しいかどうかで生きていない。
”好き”に素直で、不快なものは不快と表現する。
私たちが長年そばで見てきたその姿は、
実は「快・不快を羅針盤にする」という生き方のお手本だったのかもしれません。
AIが正解を出してくれる時代だからこそ、私たちは自分の感性を磨いておく必要に迫られる。
提示された選択肢を受け取る「自分」の側を、鍛えておくということが一層求められそうです。
絆は残る
どちらを選んでも、その選択の背後にあるのはペットとの結びつきです。
医療的な正解を選んだとしても、直感に従って手放すことを選んだとしても、間違いはありません。
正解がないのですから。
そして、たとえ肉体がなくなっても、絆は残ります。
これは慰めではなく、現場で感じてきた実感です。
その絆を信じられるなら、どんな選択であれ、その人にとっての誠実な答えだったのだと思っています。
あとがき
マニアックな内容になってしまったかもしれません。
でも、命と向き合う現場にいると、どうしてもここに行き着きます。
AIを使いこなしながら、最後は自分の手触りや体感を信じられること。
そんな飼い主でありたいし、
そんな飼い主さんのそばにいる伴走者でありたいと思っています。
追記
「快・不快が判断基準になる」と頭で文章を組み立てつつ、
このブログ自体、どのAIと書くかを快・不快で選んでいました。(笑)
それを無意識にやっていた。
論より証拠、というやつです。
私達はこういう感覚にもっと意識的になった方が良いのだと思います。(^.^)
「快・不快」への反応は、誰もに等しく備わった生来の感覚なのですから。




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