40代の頃の私は、今より若かったはずなのに、体はもっと重く感じていたように思います。

体重の話ではありません。(笑)

朝起きると腰が痛い。
特に反り腰のような状態で、布団から起き上がることがつらい日もありました。

そして、常に背中に重たい荷物を背負っているような、何とも言えない重だるさ。
酷い時には口内炎ができ、偏頭痛も月に2回ほどありました。

頭痛薬は常備品。
目の前にギザギザした光やガラスのようなもの(閃輝暗点)が見えることもあり、吐き気を伴う日もありました。

「これが自分の体質なのかな」 そんなふうに思っていました。

原因は一つではなかった

実は、50代になった今のほうが、体が軽いのです。

もちろん年齢を重ねたことで変化した部分は多々あります。(苦笑)
若い頃のようにフットワークよく動けなくなった自覚もあります。

でも、以前あった不調が減っているのです。

偏頭痛については、あとから分かったことがあります。
頭痛薬を頻繁に飲み続けることで、逆に頭痛が起きやすくなる、という体の仕組みがあるそうです。

私はまさにこれで、薬を手放せない状態が頭痛を長引かせていた側面がありました。

薬の使い方を見直したら、月2回だったのが年に数回にまで減りました。
これは、気の持ちようというより、体の仕組みそのものの話です。

一方で、視界に浮かんで見えていたもの(飛蚊症)は、事情が少し違います。

眼科で診断された時、お医者さんにこう言われたのです。
「僕もありますよ。でも気にしていません」

もちろん、必要な診察や治療をしないという話ではありません。

ただその言葉を聞いてから、気付けば以前ほど気にならなくなっていました。
実際に消えたのか、私が意識しなくなっただけなのかは、正直分かりません。

朝の腰痛の軽減については、正直なところ何が効いたのか自分でもはっきりしません。
筋力や生活の変化も関係しているはずです。

原因は一つではない。

それでも、体は思っている以上に意識と繋がっている部分があるのではないか。
そう感じているのです。

ペットの病気でも同じことを感じる

これはペットとの暮らしでも感じます。

ペットが病気になると、飼い主さんは当然心配になります。
特に腎不全など、シニア猫では避けて通れない問題があります。

検査結果を見て、 「ステージ2だった」 「この先どうなるのだろう」 と不安になる気持ちはよく分かります。

・必要な検査を受ける
・食事を見直す
・水分摂取を工夫する
・薬が必要なら使う

できることはあります。

その上で、少し考えてみたいことがあります。

その子は、診断された瞬間に別の猫になったのでしょうか。

・昨日まで窓辺で気持ちよさそうに寝ていた子
・飼い主さんのそばで甘えていた子
・ご飯の時間を楽しみにしていた子

その子は今日も、その子のままです。

病気を見ることと、その子を見ること

私たちは、一つの事実を全体だと思い込んでしまうことがあります。

「腎不全の子」「病気の子」

そんなふうに、症状や診断名がその子のアイデンティティのように感じられてしまう瞬間があります

でも腎不全は、その子が持っている一つの側面であって、その子の全てではありません。

人はできないことやネガティブなことに、意識を強く引っ張られる傾向があります
それ自体は自然なことです。

ただ、そういう傾向が自分にもあると知っているだけで、少し違ってくるのではないかと思います。

・腎臓の数値ばかりを見る
・将来の悪化ばかりを心配する

その結果、目の前にいる「今のその子」を見る時間が減ってしまうことがあります。
これは、とてももったいないことだと思うのです。

年齢を重ねれば、体は変化します。
人間もペット達も同じです。

でも、変化した体に合わせて暮らし方を変えていくことはできます。
若い頃と同じことができなくなったとしても、その子なりの快適な暮らしがあります。

必要なのは、若返らせることではなく、その子の今を見ること。


実際にこんなことがありました。

13歳で腎結石からの腎不全が見つかり、「長くはない」と言われた猫がいます。

飼い主さんは食事を工夫し、深刻になりすぎない距離感でマッサージなどを取り入れながら、その子と過ごしてきました。

その子は今年、18歳になりました。
飼い主さんから、ご報告をいただきました。

どこを見るか。
それだけで、こんなことも起こり得るのです。

もちろん長生きには個体差もありますし、これだけが理由ではないでしょう。

それでも、病気だけを見るのではなく、その子全体を見ながら過ごした時間には、大きな意味があったのではないかと思っています。


とかく私たちは、損なわれるものや、衰えていくものに目が向きがちです。
それは、とても自然なことだと思います。

でも、損なわれ、衰えた先には、本当に何も残らないのでしょうか

穏やかな時間。
以前より深まった信頼関係。
言葉にしなくても伝わるような、以心伝心のようなやり取り。

若い頃とは違うからこそ、育まれるものもあるのかもしれません。

私自身にも言えることですが、どこに視点を置くか。

そのバランスを意識することも、飼い主の大切な役割なのではないかと思っています。

私自身が体から教わったこと

私自身、以前は不調があると、その不調にばかり意識を向けがちでした。

腰が痛い。頭が痛い。疲れが取れない。

でも、いつの間にか「悪いところ探し」をする時間が減っていました。

気持ちの持ち方を意識的に変えたことが、大きかったと思っています。


薬を否定するわけではありません。
病院を否定するわけでもありません。
必要な時には専門家の力を借りることはとても大切です。

ただ、その後の時間まで病気に支配される必要はないのではないか。
そう感じるようになりました。


検査結果を見ることも大切。
治療を考えることも大切。

でも、
その子が今日どんな表情をしているのか。
何を喜んでいるのか。
一緒に過ごす時間をどう感じているのか。

そこを見ることも、同じくらい大切なのだと思います。


病気を見るのではなく、その子を見る。
それは、病気から目をそらすことではなく、命全体を見るということ。


腎臓病は進行性でもあります。ステージが上がることもあるでしょう。
でも、そのたびに毎回心まで一緒に沈める必要があるのでしょうか。

体の変化には向き合う。
でも、今日を生きているその子まで見失わない。見間違えない。

**病気は、その子の一部です。その子、そのものではありません**

あなたの目の前には、病気ではなく、その子自身がいるのですから。




追 記

動物達との長い付き合いは、私に「俯瞰の視点」を身に付けさせてくれたのかもしれません。

本記事で、2025年末から書き続けているブログはリライトも含め70本となりました。
これからも日々感じていることや実際に体験したことを書き続けていきます。




ABOUT ME
西山 早苗
約12年間の会社員経験を経て、2003年に福岡市東区にてペットシッターMojo Mojoを開業。気づけば、地域で最も長く続くペットシッターの一つになりました。 23年間のシッター業務、保護活動、そしてトータル30匹を超える飼い猫たちとの日常を通して感じたこと——看取りや介護、動物たちの心身の健康、飼い主さんとの関わりで気づきを得ました。 長年の現場経験をベースに、時代の変化も取り入れながら、飼い主の皆さまのお役に立てるよう日々取り組んでいます。