前編:出会いと、そこから始まった30年 #2

出会い:1995年/へその緒がついた状態で保護
◎くろちゃん ♀ 享年14歳 2009年7月31日没
◎かんちゃん ♀ 享年14歳 2009年8月20日没
1995年の春、私は就職のために福岡市に越してきた。
会社は福岡市街地の賑やかな場所ではなく、社屋のすぐ裏手には海があり、敷地には緑が多く、新緑の頃にはつつじの花壇が見事に咲き誇る、のどかな地域にあった。
その勤務先では、地域貢献の一環として、毎週月曜の朝に会社周辺を全社員で清掃作業していた。
清掃作業をしていたある日の朝、靴箱のふたに入れられ、へその緒が付いた状態で5匹並べられた子猫達に遭遇した。
明らかに捨て猫だった。
誰が一番先に見つけて手を出したのかは思い出せない。
いや、手を出したのは多分私だったのだろう。
そうでなければ、その後の顛末は起きようがない。
当時25歳。
犬猫は好きだったが、飼育経験が豊富というわけではなかった。
実家で代替わりで数匹飼っていたことはあったし、小学生の頃、そろばん塾をさぼって捨て猫をダンボール箱ごと持って帰り、母親に烈火の如く怒られたこともあった。
その程度の経験しかなかった。
保護したその日から、猫好きの同僚たちの協力を得つつ子猫を育てる傍らで、社員に尋ねて回り、里親になってくれる人を探した。
幸い、2匹と1匹の計3匹、もらってくれる人がいて譲渡した。
残ったのが、かんちゃんとくろちゃんである。
自分の責任で飼う猫はこの子達が初めてで、全てが手探りだった。
生後半年ほどで迎えた発情期は、鮮明に覚えている。
二匹が同じタイミングで発情し、鳴き声というより叫び声が二重奏になった。
あまりの鳴き声の大きさに「いっそ洗濯機の中に閉じ込めてしまおうか」と本気で考えたほどだ。
後日、不妊手術をしてこの問題は解決した。
一人暮らしのペット不可住宅でのニャンコライフだったので、消防機器点検などの立ち入り検査がある日は、猫を会社に連れて行ったこともあった。
会社員の頃は一週間単位で海外に出張することもあった。
30年前はペットシッターというサービスもなく、ホテルも今ほど充実していなかったので、同僚に預かってもらって乗り切った。
かんちゃん、くろちゃんは幼い頃からいろんな人に育てられたせいか、預けられることへのストレスが少ない子達だったように思う。
預かってくれた同僚には、もちろんお土産を買ってお礼をした。
5匹の子猫に手を出したことがきっかけで「西山は猫が好きらしい」ということが社内に知れ渡り、会社に姿を見せる猫のことは西山に、という流れができた。
くろちゃん、かんちゃんは、その後、私が会社員を辞めてペットシッター業を開業する時も傍らにいた。
幸い、晩年になるまで大病もせず元気でいてくれた。
空気のように自然にそばにいる、あまり手のかからない子達だった。

かんちゃん、くろちゃんのその後は、後編へつづく。









