切断と言われた前足――しろちゃん編 #4

1997年。
くろちゃん、かんちゃんを保護してから2年ほど経った頃、一匹の白猫が子猫を連れてふらりと姿を現した。
母猫も子猫も白猫だった。
子猫は、生後2〜3か月くらいだったと思う。
しかし、その母猫の姿を見て言葉を失った。
前足がひどく潰れていたのである。
車のエンジンルームに巻き込まれたのか、それとも交通事故だったのかは分からない。
ただ、見たことがないほど痛々しい怪我だった。
人前に姿を見せるまで、どこか物陰で身を潜めていたのだろう。
ある程度動けるようになってから、ようやく私たちの前に現れたのではないかと、怪我の状態を見てそう感じた。
しかも、その体で子育てをしていた。
その姿は今でも忘れられない。

細かな経緯までは覚えていないが、まずは動物病院へ連れて行き、前足を診てもらった。
そこで告げられたのは、
「この子の前足は切断した方がいい。」
そして獣医師は続けた。
「生半可な気持ちで野良猫に手を出すもんじゃない。」
当時の私は、善意で保護したのに叱られたような気持ちになった。
正直、不快だった。
でも今なら、その言葉の意味がよく分かる。
大怪我をした野良猫を引き取るということは、その先の治療や生活、費用や責任まですべて引き受けるということだった。
もし今の私が30年前の私に声を掛けるなら、きっと同じようなことを伝えると思う。
当時の私は素人だった。
母猫と子猫をどうするか。
引き取るという選択がどれほど大きな決断なのか、その全体像までは想像できなかった。
すぐには決断できず、会社へ連れて帰り、処方された抗生剤を飲ませながら様子を見ることにした。
そんな日が何日か続いたある日、しろちゃん親子はふっと姿を消してしまった。
猫好きの同僚たちと、
「あの状態でどこへ行ったんだろう。」
と心配していた。
一週間ほど経った頃だったと思う。
しろちゃんが一匹だけで戻ってきた。
しかも今度は後ろ足まで怪我をしていた。
熱もあるようだった。
再び病院へ連れて行き、怪我の処置を受け、薬をもらった。
断脚のことは頭にあった。
でも、その時点でも私はまだ決断できずにいた。
会社の片隅で静かに世話を続けながら、回復を待つ毎日だった。
薬を飲み、食事を摂るようになると熱は下がり、少しずつ元気を取り戻していった。
後ろ足の腫れは引き、前足も少しずつ小さくなっていく。
「もしかすると、このまま切断しなくても生活できるのではないか。」
そんな希望も見えてきた。
そして私は、この頃にはほぼ決めていた。
「この子を迎えよう」、と。
子猫のことは気掛かりだった。
それでも、まだ幼い子だったから、誰か心ある人に保護されていることを願うしかなかった。
こうして、しろちゃんは我が家で暮らすことになった。
私にとって三匹目の猫である。
先住猫のかんちゃん、くろちゃんとは特別仲が良いわけではなかったが、お互いの距離を保ちながら穏やかに暮らしてくれた。
怪我の後遺症も、時間とともに落ち着いていった。
後ろ足は指を二本失っていたが、見た目にはほとんど分からなくなり、本猫も気にしている様子はなかった。
前足は完全にもとの形には戻らなかった。
それでも腫れは引き、歩くこともできるようになり、怪我をした方の前足で顔を洗う姿まで見せてくれた。
当時の私は重大な決断を前に迷い続けていた。
結果論ではあるが、切断せずに済んで本当によかったと思っている。

しろちゃんは、本当に優しい猫だった。
その後、私が迎える猫たちを誰よりも自然に受け入れてくれた。
振り返れば、しろちゃんが亡くなるまでの間に迎えた猫は二十匹を超える。
どの子にも分け隔てなく接し、時には母親のように寄り添い、安心させていた。
私がこれまで出会った猫たちの中で、一番愛情深い猫だったと思う。
「癒しの猫」。
その言葉を、そのまま形にしたような存在だった。
保護した時にはすでに成猫だったため正確な年齢は分からないが、おそらく17歳か18歳まで生きてくれた。
晩年まで大きな病気もなく、穏やかな毎日を送っていた。
十五歳を過ぎた頃、乳腺腫瘍が見つかった。
それが直接の死因だったかどうかは分からない。
また、高齢になってから猫風邪をこじらせ、一時は命も危ぶまれるほど衰弱したこともあった。
私は必死だった。
「まだ死なないでほしい。」
その一心で、流動食をシリンジで少しずつ口へ運んだ。
今の私なら、その時の状態を見ながら強制給餌をするかどうか慎重に判断すると思う。
でも当時は助けたいという思いだけだった。
結果的にしろちゃんは回復し、その後もしばらく元気に過ごしてくれた。
今振り返ると、あの時は私の思いだけでなく、しろちゃん自身にも「まだ生きよう」という力があったのだと思う。
この頃から私は、言葉にはできない猫達との気持ちのやり取りのようなものを感じ始めていたのかもしれない。
2013年12月4日。
しろちゃんは旅立った。
大怪我を負いながらも17〜18年という長い時間を生き抜いた、その生命力には驚かされる。
そして何より、しろちゃんには本当に助けられた。
私が迎えた数え切れない猫たちを受け入れ、その子たちが安心して暮らせる空気を作ってくれたのは、間違いなくしろちゃんだった。
こうして文章にしていると、涙が滲む。
もっとできたことがあったかもしれない。
そんな思いは今でも消えない。
しろちゃん、ごめん。
そして、本当にありがとう。
このシリーズは、猫たちへの追悼であると同時に、私自身の歩みを振り返り、癒やしてくれる時間にもなっているように思う。

次回は、三姉妹として迎えた、ももちゃん、シャムちゃん、バレリーちゃんの話を書く。









