「年収1000万円」という言葉から思い出したこと

先日、あるペットシッターの方が書かれたブログで、「シッターの収入で年収1000万円を稼いでいる人もいる」という一文を目にしました。

私は、その内容を疑いませんでした。

都市圏であること、客単価が高いこと、複数のスタッフで運営していることなど、いくつかの条件が揃えば十分に現実的な数字だからです。
むしろ、それ以上を実現している事業者もいるでしょう。

ただ、その数字を見た瞬間、私の頭には別のことが次々と浮かびました。

その売上を支える現場の忙しさ。
経営する上での判断。
そして、
「収入」と「仕事の満足感」は必ずしも一致しないということ。

これらは20数年の仕事を通して幾度も感じてきたことです。

ここでは「1000万円」という数字の真偽について書きたいのではありません。

その数字を見たときに私が思い出した、「成功を測るもう一つの物差し」について今回は書いてみたいと思います。

富裕層のお宅で感じた、小さな違和感

私はこれまでペットシッターとして多くのご家庭を訪問してきました。
その中には、いわゆる富裕層と呼ばれる方々のお宅もあります。

タワーマンションや億ション。
高品質なフードや医療、高級なベッドや玩具、最新のペット用品など、お金で用意できるものは十分に揃っています。

それでも、私が担当した一部のお宅では、犬や猫たちの様子を見ていて、どこか満たされていないように感じることがありました。

それは私の思い込みだったのかもしれません。

動物たちに確かめることはできませんし、表情だけで何かを断定することなどできません。

それでも、その子たちを見つめていると、ふと心の中でこんな言葉が浮かぶことがありました。

「この子の飼い主って、本当は誰なんだろう。」

お世話をする人はいる。
必要な物もすべて揃っている。

けれど、何かが足りていないように、私には映りました。

ペット達が漂わせている、乾いたような、達観したような、あるいは諦めにも似た静かな気配。
何かに期待することを止めてしまった冷静な表情。

気のせいだと言われれば、それまでかもしれません。

でも、長い間、さまざまな犬や猫たちと向き合ってきた私には、その乾きが確かに感じられたのです。

高価な物に囲まれていることと、満たされていることは、必ずしも同じではない。

そんなことを考えさせられた経験でした。

「私でなくてもいい」という感覚

もう一つ、仕事を続ける中で気づいたことがあります。

富裕層のお宅の仕事は、収入という面では確かにありがたいものでした。

けれど、自分自身の充実感という点では、意外にも強く心に残ることは多くありませんでした。

それよりも私がやりがいを感じたのは、
動物との距離が近く、価値観の合う飼い主さんと一緒に悩み、一緒に考えながら関われる仕事でした。

相談を受けたり、小さな変化を共有したり、「あなたにお願いしたい」と言っていただけたり。

そんな時間の中で、「この仕事は私がやる意味がある」と感じることが何度もありました。

反対に、どれほど高単価のお仕事であっても、「私でなくても成立するな」と感じる場面では、不思議と満足感はあまり残りませんでした。

この感覚は、収入とは別の物差しなのだと思います。

売上を追いかけた時期もありました

数字を追うこと自体を否定したいわけではありません。

私自身もスタッフを含めた2人体制で仕事をしていた頃は、それなりの売上を上げてはいました。

私が値上げに踏み切ったのは2019年です。
値上げ前の料金は今よりかなり安く、猫は2,000円、犬は2,300円から。

現在の料金体系で当時の仕事量を当てはめれば、単純計算では年収1000万円台に届いていた可能性は十分あります。
ですから1000万円は、シッターにとって非現実的な額ではないと思っています。

しかし、その頃の忙しさは尋常ではありませんでした。

休みはほとんどなく、一日に何件も訪問を繰り返し、気がつけば仕事のことばかり考えている毎日でした。

ワークライフバランスなど言葉は知っていても考える余裕もなく、精神的に強い方だと思っていた私でさえ、あの頃はノイローゼ気味になったほどです

さらに振り返ると、値上げという経営判断一つ取っても、自分だけではなかなか決断できませんでした。

「長年のお客様に申し訳ない。」
「値上げしたら離れてしまうかもしれない。」

そんな感情が先に立ち、結局はコンサルタントの力を借りてようやく値上げに踏み切ることができました。

売上を上げていたあの頃に戻りたいかと聞かれれば、「はい」と即答することはできません。かなり躊躇うと思います。
というより、もう望まないでしょう。

「稼げること」と、
「稼ぎ続けられること」、そして、
「その状態で適切な判断をし続けられること」。

この三つは、似ているようでまったく別の話なのだと実感した経験でした。

成功を測る物差しは、一つではない

年収1000万円という数字は、多くの人にとって魅力的に映ると思います。

私も、それを否定するつもりはありません。

実際、魅力的ですし、生活が成り立たなければ、好きな仕事を続けることもできないからです。

ただ、仕事を続けるうちに、私は少しずつ別の物差しも持つようになりました。

誰と仕事をしているのか。
どんな関わり方をしているのか。
その仕事を終えた時に充足感を感じられるか。
そして、
その働き方を何年も続けられるのか。


収入・満足感・持続可能性。

この三つを併せて見て初めて、自分にとっての「成功」の形が見えてくるのだと思います。

収入だけで自分を評価しなくなってから、私は以前よりずっと楽になりました。

成功とは、数字だけで決まるものではない。
そう思えるようになったのは、自分なりの物差しを持てるようになったからです。

これから開業を考えている方へ

もし、これからペットシッターとして開業を考えているなら、収入を意識することはとても大切です。

しかし、それと同じくらい考えてほしいことがあります。

自分は、どんな飼い主さんと関わるときに一番やりがいを感じるのか。
どんな働き方なら、無理なく続けられるのか。
そして、自分にとって「成功」とは何なのか。

収入・満足感・持続可能性、

この三つの物差しは、どれか一つだけを追いかけていると、他の二つが静かに削られていきます。

満足感を大事にしすぎれば生活が成り立たなくなるかもしれませんし、収入だけを追えば心と体がすり減っていく。

だからこそ、焦りや不安、比較や罪悪感に振り回されず、「自分は何を大切にして働く人間なのか」を見失わないことが、この三つのバランスを保つ土台になるのだと、私は感じています。


とはいえ、人は迷います。

迷っても良いのです。
むしろ迷うのは当たり前です。

ただ、その迷いを自覚して、余力のある内に対処する。

余力を残しておくことも仕事の内であることを私は知らなかったのでした。
知らなかったというより、価値を置いていなかったという方が近いかもしれません。



今後、仕事を始める上で、必要な情報やデータ、成功事例は今以上に簡単に手に入る時代になるでしょう。

でも、最後に支えになるのは、数字だけでは測れない、自分自身の感性や価値観なのかもしれません。

この感覚は、開業前にはなかなか実感しにくいものです。

感性や価値観は時間の経過や、経験、そして時代背景に左右され変化していくものです。

それでも自分の中に残るより所のようなもの、
そこから目を離さずにいれば、後々あなたを支えてくれるかもしれません。

このことは、頭の片隅に置いておくだけで十分です。

いつか現場で迷ったとき、「そういうことだったのか」と思い出してもらえたら、この記事を書いた意味があるような気がしています。

仕事、楽しめていますか?好きなことを仕事にできても、忙しさの中で初心を見失うことがあります。23年間ペットシッターを続けてきた経験から、動物たちに教えられた「余白」の大切さを綴ります。...
ABOUT ME
西山 早苗
約12年間の会社員経験を経て、2003年に福岡市東区にてペットシッターMojo Mojoを開業。気づけば、地域で最も長く続くペットシッターの一つになりました。 23年間のシッター業務、保護活動、そしてトータル30匹を超える飼い猫たちとの日常を通して感じたこと——看取りや介護、動物たちの心身の健康、飼い主さんとの関わりで気づきを得ました。 長年の現場経験をベースに、時代の変化も取り入れながら、飼い主の皆さまのお役に立てるよう日々取り組んでいます。