前回、前々回と「ニャコム構想」について書いてきました。

今回もまた、実行宣言ではありません。(笑)

「もし本当にやるなら、どんな形からなら始められるだろう」 という、ちょっと無責任な夢想を伴う思考遊びです。

ところが、あれこれ考えているうちに、 これ、案外そんなに大げさなものはいらないのでは? と思うようになってきました。

新しい施設を作らなくてもいい。
専用アプリを開発しなくてもいい。
最初から法人を立ち上げなくてもいい。

もしかすると、LINEのオープンチャットひとつと、10人くらいの人がいれば始められるのかもしれません。

今回は、さらに妄想を膨らませてみます。

大きな組織はいらない

猫好き、犬好き、ご近所さん。
「そんなのあったら面白そう」 と思う人が、まず10人くらい集まる。

LINEのオープンチャットでも作ってみる。

最初は、それだけでいいのだと思います。

大切なのは、何百人集めるかではなく、 そこにどんな人がいて、何を持っているのか。
まずはそれを知ることからです。

「できること」ではなく、「できるかもしれない」

参加した人には、それぞれプロフィールに「できるかもしれないこと」を書いてもらう。

資格や立派な特技でなくて構いません。

猫なら見られるかも。
犬の散歩ならできるかも。
車、出せます。
DIYなら少し。
片付けなら結構好き。
パソコンは割と得意。
庭仕事、嫌いじゃない。
昼間なら時間あります。
話を聞くくらいなら。

「できます」と言い切る必要もありません。

できるかもしれない。
このくらいの曖昧さが、私はちょうどいいと思っています。

体調が良ければ。
時間が合えば。
近くだったら。
その内容だったら。

条件が合った時だけ、 「それなら私、できるよ」と手を挙げる。

無理なら、「今回は無理!」でおしまい。 誰も責めない。

それくらい軽くていいのではないでしょうか。

足りないものより、余っているものを

社会の問題を考え始めると、つい「足りないもの」に目が向きます。

人手が足りない。
お金が足りない。
施設が足りない。
サービスが足りない。

もちろん、それも事実です。
でも反対側から見てみると、私たちは意外といろいろ持っています。

余っている時間。
空いている車の席。
これまでの経験。
使っていない道具。
ちょっとした知識。
得意なこと。
畑で採れすぎた野菜。

一つひとつは大したものではなくても、並べてみたら結構なリソースになります。

そして、みんなの「できるかもしれない」が見えてくると、こんなやり取りが生まれるかもしれません。

「来週、猫をちょっと見てもらえる人いませんか?」
「その日なら私行けるよ」
「病院に行きたいけど車がなくて」
「そこ、買い物に行く途中だから乗っていく?」

大げさな「支援」ではありません。

それ、ちょっと貸して。このくらいの感じです。

人を「困っている部分」だけで見ないことも大切だと思います。

犬の散歩が難しくなった80歳の人は、「支援が必要な高齢者」でもありますが、もしかすると裁縫の達人かもしれない。

猫を預けたい若い人は、今は助けてもらう側でも、パソコンなら誰より詳しいかもしれない。

助ける人と、助けられる人を固定しない。

「この人は何に困っているんだろう」だけではなく、「この人、何を持ってるんだろう?」と見てみる。

そこから始まる関係の方が、私は好きです。

お返しは、その人じゃなくてもいい

猫を見てもらったから、その人に何か返さなきゃ。
そう考え始めると、途端に面倒になります。

Aさんに助けてもらったものを、いつかBさんに返してもいい。
今日は助けてもらう。明日は別の誰かを助ける。

貸し借りを一件ずつ精算するのではなく、小さな余力が、コミュニティの中をぐるぐる回っていけばいい。

犬の散歩のついで。
買い物のついで。
通勤のついで。

わざわざ「人助けの時間」を作らなくても、日常からちょっとはみ出した余力を誰かに渡す。

「ついで」だって、立派な社会資源になると思うのです。

星をつけない、というルール

ここまで妄想していて、もう一つ思いつきました。

ニャコムには、評価制度を作らない。

今は何にでも星がつく時代です。

利用した人が評価して、点数がついて、実績が表示される。
商業サービスなら、それには意味があります。

でも、この小さなコミュニティには、むしろない方がいい。

猫を見たら★5。
たくさん手伝ったらバッジ獲得。
今月の貢献度ランキング第1位。

……いらない(笑)。

そんなものを作った途端、「できるかもしれない」が、「ちゃんとやらなければ」に変わってしまいます。

誰が何回助けたかも、誰が一番貢献しているかも、競わなくていい。

評価は、外の世界に任せればいい。

ここでは、評価しない。でも、無秩序にはしない。

このくらいがいいと思っています。

人を管理するのではなく、行為にルールを作る

評価をなくすからといって、何でもありにはできません。

動物を預かる。
他人の家に入る。
車に人や動物を乗せる。

そこには当然、事故やトラブルの可能性があります。
だからルールは必要です。

ただし、「あの人は信用できる人なのか」と人間を細かく点数化するのではなく、「これをする時は、ここまで」という行為の境界線を決めておく。

無理なら理由を説明せず断っていい。
医療判断はしない。
鍵の扱いはこうする。
預かり中に異変が起きたらこうする。
そういう最低限のルールです。

ルールは、人を縛るためではありません。むしろ、安心して「それなら私にもできるよ」と言うために作る。

この順序が大切なのだと思います。

面倒なところは、AIにも考えてもらう

そして今は、昔にはいなかった協力者がいます。AIです。

規約のたたき台を作る。
起こりそうな事故を洗い出す。
禁止事項を整理する。
FAQを作る。

「こんな場合はどうする?」と、想定外を探してもらう。

こういう作業はAIがかなり得意です。

もちろん、実際にお金を集めたり、保険をかけたり、他人の家に入ったりする仕組みになれば、法律や保険の専門家による最終確認は必要でしょう。

でも以前なら、「専門知識がないから無理」で終わっていたところを、素人でも、専門家に相談できるところまで考えを組み立てられる。

これはかなり大きな変化だと思っています。

仕組みは現代的に。関係性は少し牧歌的に。

ここまで考えて、なんとなく目指しているものが見えてきました。

LINEを使う。
AIを使う。
必要なら保険も使う。
ルールも作る。

仕組みの部分は、徹底的に現代のものを使えばいい。

でも、人と人との関係まで高度化する必要はない。

「それ余ってるの?」
「うん」
「じゃ、ちょっとちょうだい」
「いいよ。今度なんかよろしく」

そんな関係です。

縄文時代が本当にそんな社会だったのかは知りませんが(笑)、少し原始的というか、牧歌的というか。

テクノロジーを、人間関係を高度化するためではなく、素朴に戻すために使う。

そんな使い方があってもいいのではないかと思っています。

だって、その方が楽ですよね。そして、楽でなければ続かない。

信用はどうする?

とはいえ、ここには一つ大きな問題があります。

信用です。

まったく知らない人10人を集めて、「では今日から、お互いの家に入って猫を見ましょう」と言われても、さすがに怖い。

信頼をゼロから作るには時間がかかります。

そこで、厳しい審査をする代わりに、「誰かとつながっていること」を入口にするのはどうでしょう。

○○さんの知り合い。
△△さんのお客さん。
誰かの紹介で入ってきた人。

直接は知らなくても、一本向こうに知っている人がいる。

それだけでも、完全に知らない人とは少し違います。

もちろん、それで安全が保証されるわけではありません。

でも、星の数で信用を作るのではなく、細い信用の糸を何本もつないでいく。
この方がニャコムには似合っている気がします。


具体的に例をあげるなら、(私は今のところやりませんが←くどい。)、
Mojo Mojoをハブにした繋がりをイメージします。

私のお客様同士は直接の接点はありません。

でも、同じシッターを利用している。

シッターとお客様の関係は一般的な仕事に比べると、家に入らせてもらうという性質上、割と付き合いの密度が濃く、この時点で信用の一次フィルターをクリアしています。

なので、「あー、Mojo Mojoと繋がっている人なら少しは安心できるかも」という、うっすらとした信頼の線が生まれる。

Mojo Mojoでなくてもいいのです。

何かしらの共通点で結ばれている繋がり。

信頼センサーを働かせる目安として顔が見えるということ。
ここがポイントになりそうです。

信用の火種と、火の番は別でいい

こういうネットワークを始めるなら、地域で長く仕事をしてきた人や、顔の広い店主などが最初の呼びかけ人になると、話は早いでしょう。

その人自身が、一種の「信用の火種」になるからです。

ただし、ここには罠があります。

言い出した人が、代表者になり、問い合わせを受け、揉め事を仲裁し、ルールを作り、ずっと面倒を見る。

……となったら、その人が潰れます。

私はそういう働き方には、もう懲りました(笑)。

だから、呼びかけの火種を提供することと、その後ずっと火の番をすることは別。

種を蒔く人と、育てる人も違っていい。
まとめ役も一人ではなく、数人で交代すればいい。

三人寄れば文殊の知恵!むしろ一人ではない方がいい。

一人が抜けても普通に回る。

誰か一人の善意や責任感に依存しないことも、この仕組みには必要なのだと思います。
リーダーではなく、調整役のようなイメージです。

もしかすると、保険だって作れるかもしれない

人数が増えて、本当に動物の預かりや送迎などをするようになれば、事故への備えも必要になります。

既存の保険で対応できるものがあるかもしれないし、規模によっては団体として加入できる仕組みを検討できるかもしれません。

ここは、私にはまだ分かりません。

でも大切なのは、「危ないからやめよう」で終わらず、「どうすれば安心してできるだろう」と考えること。

保険もルールも、そのための裏方です。主役ではありません。

これ、案外もうできるのでは?

アプリを開発しなくてもいい。
事務所もいらない。
大きな資金もいらない。

まずは10人くらいで、「私、これならできるかも」を持ち寄ってみる。


足りないものを探すより、あるものを並べてみる。

困っている人を探すより、その人が持っているものにも目を向けてみる。

助けてもらったら、いつか誰かに少し返す。

評価しない。競わない。無理なら断る。

でも、安全に関わるところだけは、ちゃんと決めておく。


そんな小さな輪があちこちにあったら、どうなるのでしょう。

そんなコミュニティがあったら、私は興味津々です!

追 記

これを田舎町に当てはめると、都市部とは逆の懸念が生まれます。

地元なので信頼形成は割と簡単です。

何しろ子供の頃から互いを知っている関係が大半で、誰かがどこかで何かしら必ず繋がっています。

難しいのは、距離感の線引き。

近くなりすぎることに対して頭を巡らす必要はありそうです。


いずれにしても、大人の良識さえあれば、システムうんぬんという前に、今すぐにでもやれることのような気がしています。


以上、私の妄想の時間にお付き合いくださりありがとうございました。m(__)m

ふぬけ猫は思いついた!

このコミュニティのファシリテーターを将来AIか、更に進化したASIがやってくれたら最高です!

AIいわく、
『「忘れない記憶」と「公平なログ」 誰がどんな道具を持っているか、どんな「ついで」が動けるかをAIがデータベースでフラットに把握し、特定の誰かに負担が偏らないよう自動で分散させます。人間だと「最近あの人ばかり頼んじゃってるな」と気を遣うところを、アルゴリズムが公平にローテーションしてくれます。』ですって!

なんか更に妄想したくなってきました!(笑)

ABOUT ME
西山 早苗
約12年間の会社員経験を経て、2003年に福岡市東区にてペットシッターMojo Mojoを開業。気づけば、地域で最も長く続くペットシッターの一つになりました。 23年間のシッター業務、保護活動、そしてトータル30匹を超える飼い猫たちとの日常を通して感じたこと——看取りや介護、動物たちの心身の健康、飼い主さんとの関わりで気づきを得ました。 長年の現場経験をベースに、時代の変化も取り入れながら、飼い主の皆さまのお役に立てるよう日々取り組んでいます。