現場で感じてきた23年の変遷と、FIP(猫伝染性腹膜炎)の実像

先日ふと「最近FIPにかかる子が多い気がする」と思い、情報を整理してみました。

調べるほどに見えてきたのは、単なる病気の話ではなく、社会と飼育環境の劇的な変化でした。

私が開業した20数年前と現在を対比すると、その変容がよりはっきり見えてきます。

ペットシッターとして、現場で感じてきた変化をまとめたいと思います。

20年前の福岡、パルボとの戦い

20数年前、私はペットシッターとして活動しながら、同時に野良猫たちの保護活動に明け暮れていました。

当時、私たちが最も恐れていたのは パルボウイルス(猫汎白血球減少症) でした。

当時の福岡でも、獣医師の先生方と「今、あのエリアでパルボが出ている」という緊迫した情報交換が日常的に行われていました。

あの独特の空気感、急変する子猫たちの姿。

当時の私にとってパルボは、外からやってくる圧倒的な「強敵」そのものでした。
あの頃の保護現場はまさに感染症という“外敵”と戦う場だったのだと思います。

※補足:パルボが「なくなった」わけではありません
現在、日常の現場でパルボを耳にする機会は減りましたが、消滅したわけではありません。ワクチン未接種の子猫にとっては今も非常に警戒すべき感染症です。ただ、かつてのような「面での流行」から、現在は「点での発生」へと変わりました。これは獣医療の進歩や室内飼育の一般化など、社会全体の変化の影響が大きいと考えられます。

現場で得た、知識以上の「真実」

保護活動は、実に多くのことを教えてくれました。
散財もしましたし、身を削るような思いもしました。

けれどその時間は、動物への接し方や病気の知識、そして命の尊厳について一気に引き上げてくれた貴重な時間でした。

現在、ペットシッターとしてご家庭にお邪魔する中で、パルボという言葉を耳にすることは激減しました。

  • 獣医療の発展とワクチンの定着
  • 室内飼育の一般化
  • SNS普及による保護意識の向上
  • 地道な保護活動による野良猫数の減少

こうした社会の成熟により、パルボは「日常的な脅威」から「過去の脅威」へと移行していきつつあります。

15年前、ある医師が抱いた「合理的な恐怖」

しかし、その静寂と入れ替わるように存在感を増してきたのが、FIP(猫伝染性腹膜炎)でした。

15年ほど前、ある熱心な保護活動家でもあった人間の医師(知人)のもとで、猫がFIPを発症したときのことです。

医学のプロであるその方でさえ、当時はFIPの子を厳重に隔離していました。

それほどまでに当時のFIPは正体が掴めず、一度出れば「全滅するかもしれない」と恐れられていた、未知の恐怖だったのです。

知識のアップデートと、私の「嗅覚」

それから10年余り。FIPの解像度は劇的に上がりました。

現在では、FIPは「外から感染する敵」ではなく、「体内での変異」によって発症する病気という理解が一般的になりました。

ここで、大きな転換が起きています。 かつての感染症は「外から侵入する敵」でした。
しかしFIPは、体の内側で起きる出来事です。

では、なぜ今これほど目立つのでしょうか。

現場を見てきた私の「嗅覚」は、一つの可能性を感じています。それは 現代の猫たちが抱える「内なる乱れ」 です。

かつてのような外敵は減りました。しかし現代の猫たちは、

  • 密閉された室内環境
  • 複雑な多頭飼育
  • 人間の生活リズムへの同調
  • 飼育情報の過多による、飼い主側の不安の伝播

という、以前とは異なる別の負荷の中にいます。

清潔で安全すぎる環境が、皮肉にも猫本来の野性的な免疫バランスを揺さぶっているのかもしれません。

感染症が減った代わりに、慢性的な負荷の中で生きる時代になった。

その「内なる乱れ」が、本来おとなしいはずのウイルスを牙をむく存在へ変えてしまう。
そう考えると、今起きている変化が一本の線でつながります。

FIPは「増えた」のか?それとも「見えるようになった」のか?

結論から言えば、FIPは急増したというより、診断・研究・治療の進歩によって“解像度が上がった病気”です。

① 遺伝子解析が正体を暴いた

PCR検査の普及により、「多くの猫が持つコロナウイルスが、体内で変異してFIPになる」という仕組みが証明されました。外敵ではなく、自らの体内で成立する病気だと分かったのです。

② 治療薬の登場と残された課題

2019年前後、抗ウイルス薬(GS-441524等)の登場は最大の転機でした。「ほぼ100%致死」から「治療成功率80〜90%」という希望が見えるようになりました。
ただし、これらはまだ高価な未承認薬であるケースも多く、誰もが手軽に受けられる標準治療になるまでには、費用や入手経路などの課題も残っています。しかし、「治せる可能性がある」という事実は、研究を爆発的に加速させました。

③ 診断技術の向上

かつては「原因不明の死」として片付けられていたものが、現在は確定診断ができるようになりました。つまり、病気が増えたというより、正しく診断できるようになった側面が大きいのです。

FIPは「単一原因」ではない

FIPの発症には、主に次の3つが重なると考えられています。

  1. ウイルス: 多くの猫が持っている「猫コロナウイルス」
  2. 体質: 遺伝的な免疫反応の個体差
  3. 環境・ストレス: 多頭飼育や生活環境の大きな変化

ここで大切なのは、「特定の誰かの責任で起きる病気ではない」ということです。

環境を整えていても、愛情を注いでいても、避けられない変異は起こり得ます。

それは現代社会を共に生きる上での、不可避な変化とも言えるのです。

社会の変化は「病気の顔」を変える
  • 昔:外敵との戦い(感染症)
  • 今:内側のバランスとの戦い(慢性・免疫・炎症)

これは人間の医療とも驚くほどよく似ています

社会が安全で清潔になるほど、問題は「外」から「内」へ移動していく。

猫たちの病の変化は、人間社会の鏡なのです。

おわりに:今だから伝えられること

病気の専門家は獣医師です。
けれど、20数年前の緊迫した現場から、現代の静かな家庭までを見続けてきた一人として確信していることがあります。

時代が変われば、守り方も変わる

これからの時代の予防は、ワクチンだけでは完結しません。

  • 安心できる環境
  • 安定した暮らし
  • 猫が「ふぅ」と深く息をつけるような、穏やかな時間

そうした日常の質(QOL)そのものが、猫たちの免疫を支える基盤になります。

特別なケアを探す前に、まずは愛猫の目線で「今、この子はリラックスできているか?」と観察してみる。

その小さな気づきこそが、現代における最高の「守り方」になるのだと信じています。