— 20年続けてようやく言葉になったこと —

このシリーズは、誰かに教えるためというより、自分の頭の中を整理するために書き始めました。

20年以上続けてきた仕事なのに、「結局これは何の仕事なのか」を、きちんと言葉にしたことがなかったからです。

現場では毎日判断し続けているのに、その全体像を自分自身が説明できないままでした。

今回の記事は、このシリーズのまとめとして、今の時点で見えている「仕事の全体像」です。

最初は「作業の仕事」だと思っていた

始めた頃、ペットシッターはとても分かりやすい仕事に見えていました。

給餌、掃除、投薬、報告。

動物が好きで、役に立てて、感謝される仕事。

間違ってはいません。

でも、それは入り口でした。


続けるほどに、仕事の中心が少しずつ移動していきました。

作業 → 判断 → 観察 → 関係性

気づいたときには、目に見えない部分の方が圧倒的に大きくなっていました。

続けるほど見えてきた仕事の構造

このシリーズでは、仕事をいくつかの側面から書いてきました。

・消耗の正体

休んでいても気が休まらない。
頭から仕事が離れない。

これは性格の問題ではなく、この仕事が多層で同時進行だからでした。

作業しながら
判断しながら
違和感を拾いながら
関係性に配慮しながら
自分の限界とも向き合っている。

疲れて当然の構造でした。

判断が仕事の中心

この仕事は「何をしたか」ではなく、何を判断したかで成り立っています

様子を見るか、受診を勧めるか。
報告するか、しないか。
どこまで伝えるか。

しかも、その判断は何も起きなかったときには評価されません。

結果が出たときだけ評価される。
それが、この仕事の重さでした。

・知識の罠

学ぶほど判断は楽になると思っていました。

でも現実は逆でした。

知識が増えるほど、選択肢が増える。
選択肢が増えるほど、迷いも増える。

知識は正解を出すためではなく、選択肢を広げるためにある。

この視点に変わってから、ようやく判断の重さが少し軽くなりました。

この仕事は何の仕事なのか

ここまで書いてきて、ようやく言葉にできます。

ペットシッターは、「動物のお世話をする仕事」というだけではありません。

本体はもっと見えないところにあります。

  • 観察する仕事
  • 判断する仕事
  • 関係性を積み重ねる仕事
  • 不確実な状況で決め続ける仕事

そして、その多くは外からは見えません。

何も起きない日が続くことが、最も良い結果だからです。

20年続けて分かったこと

20年という時間は特別なものではありません。

ただ、目の前の一件一件を積み重ねてきただけです。

迷ったり、悩む日もありました。
自信が持てない日もありました。

それでも次の訪問が来て、また考えて、また決める。

その繰り返しでした。

この仕事は派手ではありません。
大きく評価されることも多くありません。

でも確実に積み重なっていきます。

小さな観察
小さな判断
小さな関係性

それらが静かに重なっていく仕事です。

最後に

このシリーズは、誰かのためというより、自分の整理用として書きました。

でももし、同じ仕事をしている人が読んで、少しでも気持ちが軽くなることがあれば嬉しく思います。

迷うのは自然なこと。
疲れるのも自然なこと。

それは能力の問題ではなく、この仕事が多層だからです。


ここまで書いてきて、ようやく思います。

ペットシッターという仕事は、想像していたより

ずっと静かで、ずっと重く、
そして、ずっと深い仕事でした。

追記

ここまで書いてきて、ひとつだけ補足しておきたいことがあります。

私は、ペットシッターという仕事を特別な職業だとは思っていません。

多くの仕事がそうであるように、日々の現場は無数の小さな判断の積み重ねで成り立っています。

何も起きなかった日が成果にならないことも、
正解のない選択を続けることも、
決してこの仕事だけに限った話ではありません。

ただ、ペットシッターは日本ではまだ歴史の浅い職業であるため、その「中身」を言語化したものがほとんどありませんでした。

語られてきたのは主に開業方法や売上の作り方など、入口の情報が中心だったように思います。

現場で何が起きているのか。
この仕事は本当は何でできているのか。

そこに答えを与えてくれる言葉は、ほとんど見つけることができませんでした。
だから今回、ここまで書いてみようと思いました。

特別な結論ではなく、ただ現場に居続ける中で見えてきたことを、言葉として残しておきたかったのです。

「好きを仕事に!」と最近はよく言われていますが、好きの中身の考察です。

「好き」という言葉の中には、作業だけでなく、判断や迷い、積み重ねや責任も含まれているのだと思います。

以上で、私の「勝手に分析&言語化してみた」シリーズを終えたいと思います。