
なぜペットシッターが社会や経済の本を読む?
私は一介のペットシッターです。
普段は動物たちのお世話をしながら、飼い主さんの日常や暮らしの様子を間近に見ています。いってみれば一見平和な世界に身を置いているわけです。
ところが、昨今の世の中はどうも変な方向に向かいつつあると感じていて、先の選挙結果を見ると「どうにもきな臭い、このままだと日本が妙な方向に行ってしまうのでは?」とも感じてもいます。
「妙な方向」とは戦前を彷彿させる浮足立った血の気の多い世の中の一部の人の動きに誘導される世界のことです。
こんなことを書いてしまうと「お主、もしや左側?!」と思う人もいるかもしれませんが、そもそも人の考え方は右左の両極にキッパリ分けることなんてできないものです。
それに戦前と同じように時流に流されるなんてことになったら私たちは全く進化していないということになってしまいかねません。
もっともこれは私の主観にずぎないのですけれど。
新井和宏氏の『持続可能な資本主義』と齋藤ジン氏の『世界秩序が変わるとき』を選んだ理由

私が仕事などを通して感じることは、人間社会の窮屈さやいびつさ、不安定さが、巡り巡って動物たちの暮らしにも影響を与えているということです。
このような現状におかれると何かしら希望を探したくなります。
希望を探すにあたり、高く広い視野で物事を捉えて実際に活躍されている方々が日頃どんなことを考えているのかということに関心を持ちました。
そしてそんな人達の考えに触れてみたいと思いました。
そこで選んだのが新井和宏氏の『持続可能な資本主義』と齋藤ジン氏の『世界秩序が変わるとき』でした。
この2冊は比較してこそ理解が深まると思ったので齋藤ジン氏の書籍の感想は既に書いています。 ●https://mojomojo7.com/2025/08/03/reading-output/
著者略歴と本の内容
新井和宏氏『持続可能な資本主義』
新井氏は元外資系金融機関(ブラックロック)のファンドマネージャーでありながら、従来型の利益追求型資本主義に疑問を抱き、鎌倉投信を設立。「八方よし」という考え方を掲げ、売り手・買い手・社会全体にとって良いことを追求する投資の仕組みを実証しています。
本書では、きれいごとが現実に通用すること、投資を通じて社会を少しでも良い方向に動かせることを具体例を交えて紹介しています。
齋藤ジン氏『世界秩序が変わるとき』
齋藤氏は国際金融の第一線で活躍し、世界経済の大きな潮流を読み解きます。顧客にはあのジョージ・ソロスもいるとか。
グローバル化、新自由主義、覇権の移り変わりなどを俯瞰し、未来の社会や経済のあり方を論じています。論理的でややロボティックな印象を受けますが、未来に希望を見出そうとする姿勢は新井氏と共通しています。
二人の視点の違いと共通点
| 著 者 | 視 点 | 特 徴 |
| 新井和宏氏 | ミクロ的・現場重視 | 持続可能な企業や暮らしに焦点。 八方よしの考え方を実践 |
| 斎藤ジン氏 | マクロ的・世界重視 | 世界経済や秩序の変化を俯瞰的に解説 |
共通点は、混乱の中にあっても未来に希望を見ていること。世の中の流れを読み解こうとしていること。そして「変化は必然である」という認識です。
視点の比較
| 観 点 | 新井和宏『持続可能な資本主義』 | 齋藤ジン『世界秩序が変わるとき』 |
| 主な関心 | 人・信頼・文化など「見えない資産」 | 地政学・経済構造の変化 |
| アプローチ | 小さな現場から価値を創る | 世界の潮流を読み、適応する |
| 実践の場 | 鎌倉投信(八方よし経営) | マクロ視点での戦略提案 |
| 方向性 | 内側からの変革 | 外部環境の分析と対応 |
| 読後感 | 温かく、実践的 | 冷静で戦略的 |
同じ荒波の中を航海していても、見る方向と舵の切り方が違います。ひとりは「人を見て舵を取る」、もうひとりは「潮の流れを見て舵を取る」。
両者の違いは、そのまま社会の変え方の多様性を示していると言えます。また面白いことに視点は違えども両者とも今後に希望を見出している点は共通しているのです。
既成概念を打ち破れるか?

斎藤ジン氏の書籍は書かれている内容の規模が大きすぎて私には別世界のように感じられたのですが、新井氏の「八方よし」の考え方はこの日本で取り組まれていることでもあり、共感しやすく感じました。
社会や政治に不満を抱きがちな私たちですが、実際の所、外側が変えてくれるわけではありません。
よく政治家や政党の批判をすると「じゃぁ何党を支持しているんだ?」というやり取りをSNSで頻繁に見かけます。
私も以前はその思考パターンに陥っていました。
政党や組織に期待し属することによって世の中は変わると。もちろん、それも一つの方法で日本が元気な内はそれでも良かった。
ですが、よくよく考えると私たちが政党や組織への依存を繰り返した結果が今であって、現状を繰り返す限り大きな変革や変化は期待できないのでは?と思うようになってきました。
つまり政治が世の中を変えてくれるという概念をこの先も疑いなく信じ切っていると世の中は変わらない可能性がとても高いということ。
この概念、観念というのは本当にクセモノです。
社会レベルでも個人レベルでも私たちはブルンブルン振り回されて観念・概念・信念をイコール自分の主体的考え方だと信じ切って疑わないようになっている面があるのです。
「果たして本当に私はそう思っているのか?」
この問いはとても大事です。
庶民レベルでできること

ただ、気付いている人は既に気付いています。
そういう発信をしている人も増えてきているように感じます。
今後私はそんな人達に注目していきたいと思っています。
・小さなことを疎かにしない
・目の前のこと、自分の半径3メートル以内で起こる出来事を丁寧に扱うこと
・何より、自分を大事に扱うこと=自立・自律
小さな積み重ねが巡り巡って社会を変える力になると直観しています。
動物たちと向き合う日常に身を置きながら何故こんな壮大なことを考えてしまうのか自分でもよく分からないのですが、「視点を変えなくては!」という想いは大きくなっていくばかりです。
たぶん、動物達がそんなビームを私に飛ばしているのだと思います。(笑)
何故なら私は言葉を持たない動物達に懐の深さや洞察の鋭さを感じてしまうのです。
彼らは私たちに迷うことを許してくれている。
でもそれもそろそろ限界にきているのでは?という訳のわからない感覚をぬぐえないのです。
私は人間よりも動物達の方が懐が広く生物として優れていると心から思っています。
何故なら彼らは調和しているから。食物連鎖も含めて地球上のシステムとして調和しているといえます。
地球がどちらの存在を好むかと問えば、まず間違いなく人類ではなく動植物たちを選ぶと私には思えるのです。
一体どうして、新井氏や斎藤ジン氏の本を読んでこんな想いを持ってしまうのか自分でもよく分かりませんが、「マクロを捉えるにはミクロの視点が必要なのでは?」という感覚があるのだと思います。
この世はフラクタル構造といいますものね。
以前は何それ?と思っていましたが、徐々に分かるようになってきました。
最後に

金融や世界経済の本とペットシッターの仕事は一見無関係に思えます。
しかし、身近な暮らしから社会を見つめ直すことで、自分なりに現状を理解し、行動する力を持つことができます。
新井氏の書籍を通して、私は「視点をどこに置くかで世の中の捉え方が変わり、それが皆にとって良いものであれば伝播していく。変化は自分から始められる」ということを改めて感じました。
同じ世界にいても見ているものや感覚がまったく違ったものになるのです。
パラレルワールドのようなものですね。
このまま変化を外部に求めてばかりいると時間がかかり、場合によってはタイムアウトとなってしまうでしょう。
小さくても、自分の暮らしの中でできることを意識し、関わる人や動物たちに少しでも何かを伝えられる存在になれたらと思っています。
そのためには私自身の自律が大事なのだろうとも思っています。
最後までお読みくださいましてありがとうございました。




