都市部では、ペットシッターという仕事は珍しいものではなくなりました。
SNSを開けば、新しいシッターの発信が日々流れてきます。

若い世代の軽快さや発信力は、この仕事の可能性を確実に押し広げています。
それは業界にとって歓迎すべき変化でしょう。

一方で、長く現場にいると、依頼の質が少しずつ変わっていくことに気づきます。

作業量では測れない相談。
速さよりも、支える力が求められる場面。

ペットシッターという仕事は、年齢とともに価値の出し方が変わる職業なのかもしれません。

今回は、その「後半戦」について考えてみます。

ペットシッターという職業の後半戦

最近、都市部ではペットシッターが本当に増えました。

SNSを開けば新しいシッターさんを見かけ、見せ方も実にバラエティーに富んでいて飽きません。

若いシッターさんの軽快さや発信力には、正直かないません。
そしてそれは、これからの時代に本当に必要な力だと感じています。

20代・30代のシッターさんたちは、真面目で勉強熱心。
ITやSNSも自在に使いこなし、時代の変化に自然に適応している。

私たちの世代には思いつかない発想や、新しいサービスの形を生み出していく可能性も大いに秘めています。
業界を前に進めるのは、間違いなくその世代の力です。

一方で、長く現場にいると、少し違う種類の依頼が増えてきます。

それは「速さ」ではなく、「支える力」が求められる場面です。

多くの人が思い浮かべる“前半の仕事”

ペットシッターと聞いて想像されるのは、

  • 旅行中や出張中の訪問
  • 飼い主さん不在時のケア
  • 散歩や食事などのお世話

日常の延長線上のサポートです。

ここでは若い世代の機動力が大きな強みになります。
スピード、柔軟性、発信力。
どれも今の時代に不可欠な力です。

しかし、現場にはもう一つの層があります。

別次元の相談が増えている

長く続けていると、相談内容は少しずつ変わってきます。

  • 飼い主さんの入院
  • 施設入所
  • ペットの通院の付き添い
  • 高齢ペットの介護
  • 看取りのサポート
  • 飼い主さん亡き後の行き先

「これもシッターの仕事なのだろうか」と思うような相談です。

けれど、人の家庭に入る仕事をしていると、これらは自然に現れてきます。

人の家庭に入る仕事の本質

ペットシッターは、動物だけを見る仕事ではありません。
生活そのものに触れる仕事です。

・暮らしの空気
・家族の変化
・人生の節目

それらと無関係でいることはできません。
ここで発生するのが、いわゆる「感情労働」です。

お相手の不安や悲しみに触れながら、自分の感情を整え、関係を保ち続ける仕事。

動物相手の仕事と思われがちですが、実際には人の感情と深く向き合う職業です。

そしてこれは、想像以上に負荷が大きい。

正直に言えば、年齢を重ねた今、この部分の重さに二の足を踏むこともあります。
体力よりも、感情の消耗のほうが大きいと感じる場面があるからです。

ただ、この「感情労働」をどう扱えばよいのかについて、私はまだ明確な答えを持っていません。

どこまで受け止めるのか。
どこで線を引くのか。
支えることと、抱え込まないことの境界はどこにあるのか。

その問いは、今も考え続けています。

年齢が価値になる場合がある

中年期以降のシッターには、自身の経験と自然と重なってみえるケースも少なくありません。

  • 親の介護
  • 家族の看取り
  • 病院や制度との関わり
  • 人生の喪失や転機

飼い主さんが求めているのは、正しい知識だけではありません。
「分かってくれる人」という安心感です。

それは、時間と経験が育てる力です。

若い頃は「動けること」が価値でした。
訪問件数、対応力、スピード。

年齢を重ねると、仕事の重心が変わります。

作業量で価値を出す段階から、
判断力と信頼で価値を出す段階へ。

体力の変化は避けられません。
けれど、それは価値の低下ではありません。
役割の変化です。

なぜペットシッターは増えているのか

近年ペットシッターが増えている背景には、複数の社会的要因があります。

  • 参入障壁が比較的低いこと
  • 働き方の多様化
  • SNSによる仕事の可視化
  • ペットの家族化
  • 「癒し」を求める流れ

特にSNSの影響は大きく、仕事の魅力的な側面が広がりやすい。

一方で、この仕事は信頼商売であり、継続顧客(リピート)が前提です。
副業感覚では続きにくい面もある。

増えているけれど、続く人は限られる。

その分かれ目の一つに、感情労働への向き合い方があるのではないかと感じています。

制度だけでは埋められない空白

最近は「ペット信託」という仕組みも広がっています。
飼い主に万一のことがあったときに備える制度です。

背景には、

  • 単身世帯の増加
  • 高齢化の進行
  • 家族形態の変化

があります。

制度は整いつつあります。

けれど、飼い主さんが入院する朝、主(あるじ)がいなくなった部屋にポツンと取り残されたペット達の不安を誰が汲み取るのか。

移動のキャリーケースの中で震える背中に、誰が手を添えるのか。

こうした「生活の細部」にある痛みは、マニュアルや制度では救えません。
だからこそ、私たちのような「経験」を積んだ者の手が必要なのかもしれません。

世代交代ではなく、役割分担

これは世代間の競争ではありません。

若い世代は業界の入口を広げる存在。
この仕事の可能性を拡張する力です。

一方で、人生の節目に関わる支援には、経験が活きる。

ペットシッターという仕事は、
今、世代交代ではなく「役割分担」の段階に入っているのかもしれません。

私と同世代のシッターさんへ

もし、将来に不安を感じているなら。
若い世代の活躍を見て焦ることがあるなら。

役割はなくなるのではなく、中身が変わっている途中だと私は解釈しています。

経験は確実に価値になります。
人生経験そのものが仕事の一部になります。

ペットシッターという仕事は、若さで広がり、経験で深まる職業なのかもしれません。

この仕事の後半戦には、前半とは違う意味での役割がある。

私自身も、いつまでも前線で走り続けるのではなく、後方支援という形を模索しながら関わっていく可能性を考えています。

ただし、この“支える力”は無償ではありません。

次回、感情労働という視点から掘り下げます。

役割は変わる。
けれど、その変化の裏側には、もう一つ避けて通れないテーマがあります。
それが「感情労働」です。

人の家庭に入る仕事だからこそ生まれる消耗とやりがい。
それは本当に、報われているのでしょうか。
次の記事では、現場で実際に起きた出来事を通して、この問いを掘り下げます。