高齢期のペットが静かに教えてくれる、老いと死を拒まない生き方

はじめに/高齢期のペットに惹かれる理由
高齢期の犬や猫に、若い頃とはまったく違う魅力を感じるようになったのは、いつからでしょう。
愛しい、守ってあげたい。
そうした言葉だけでは説明できない何かが、そこにはあります。
威厳や静けさ。
どこか達観しているような佇まい。
私は、高齢期の彼らにいったい何を見ているのだろう、と考えるようになりました。
命の展開を、短い時間で見せてくれる存在
犬や猫の一生は、人間よりもはるかに短いものです。
その短さゆえに、命の展開がとても分かりやすく見えます。
子犬・子猫の頃は、生命そのもののようなエネルギーに満ちています。
成長期には個性が立ち上がり、それぞれの「生き方」が形を持ち始めます。
そして、高齢期。
それは、すべてを通過したあとの「在り方」の時間のように感じられます。
この時期の彼らに味わい深さを感じるのは、命が足し算ではなく、引き算の段階に入るからなのだと思います。

高齢期の彼らは、老いを問題にしない
高齢の動物たちは、老いや衰えを「失敗」や「異常事態」として扱いません。
受け入れているというより、拒んでいないように見えます。
できなくなることが増えても、それを嘆いたり、意味づけしたりすることはありません。
それを、当たり前の流れとして通過していきます。
一方で、その変化に強く抵抗しているのは、多くの場合、人間の側です。
老いを止めたい。
衰えさせたくない。
死から遠ざけたい。
そのギャップが、はっきりと浮かび上がります。
言葉がいらない、ただ「共に在る」という時間
高齢期の彼らは、何かを声高に主張したり、自らを証明しようとしたりしません。
そこにあるのは、ただ同じ空間で息をし、お互いの気配を感じ合っているという、極めてシンプルな事実だけです。
派手なコミュニケーションはありません。
でも、ふとした瞬間に「あ、今、通じ合っているな」と感じる。
無理に感じとろうとしなくても自然に分かり合えるような関係性に、
私は何にも代えがたい安心感と、命としての潔さを感じるのです。

観察という関わり方
長く動物たちと関わる中で、私は「観察」という姿勢を大切にするようになりました。
感情に没入しきるのでもなく、感情を切り離すのでもありません。
どんどん湧いてくる感情や、巡ってしまう思考のすぐ隣に立ち、静かに見つめる、という関わり方です。
観察することで、何が起きているのか、自分は何を感じているのか、その感情はどこから来ているのかが、自然に分かれて見えてきます。
観察は冷たさではありません。命に対する敬意のひとつの形だと、私は感じています。
この「観察」。実は言葉で書くほど簡単ではありません。
私も一人の飼い主です。
彼らが病み、苦しそうにしている姿を見ると気持ちがざわつきます。
そんな時はまず、適切な治療を含め、やるべきことをやる。
その上で、見守るしかないとなった場合は、見守るということもケアの一部として受け入れます。
「どうにかしてあげなければ」と焦っている自分に気付いた時、意識的にこの「観察する」ということを心がけています。
揺れてしまうのは当然だと思っています。
ここで言う「観察」について
私は「観察」という姿勢を大切にしています。ここで言う観察とは、単に体調をチェックするといった外側の確認だけではありません。目の前の命を見つめながら、同時に「今、それを見ている自分の心は、何を感じて、どう動いているか」を静かに見つめ返すことです。相手の状態を「問題」として解決しようとする前に、まずは自分の心の波を落ち着かせる。この「自分を見つめる時間」を持つことで、結果としてペットとの関係も、より静かで深いものへと変わっていくと実感しています。
ペットロスと、この姿勢の接点
ペットロスの悲しみを、否定するつもりはありません。
深い悲しみは、とても自然な反応です。
ただ、感情に溺れきらないことも、ひとつの選択肢だと思っています。
少し距離を取り、観察することで、悲しみの奥行きや意味は、少しずつ変わっていきます。
それは、忘れることでも、つき放すことでもありません。
自分の内側を、必要以上に傷つけないための態度でもあります。

人の生と重なって見えるもの
高齢の動物たちを見ていると、
成熟した人が辿るであろう、老いから死への道のりと重なって見えることがあります。
もちろん、彼らが何かを教えようとしているわけではありません。
そう感じているのは、あくまで人間側の私です。
それでも、老いと死を拒まず、生の流れとしてそのまま通過していく姿は、
人間の恐れや抵抗を、静かに浮かび上がらせます。
その姿が私にとっては、とても興味深く、これからも深めていきたいテーマなのです。
おわりに
私は、ペットシッターとして癒しを提供したいわけでも、ノウハウを教えたいわけでもありません。
長年動物たちと関わる中で、見えてきた世界を、そのまま差し出したいと思っています。
この仕事は、一見すると誰にでもできそうに見えます。
けれど、関わり方ひとつで、その質や見え方が大きく変わります。
「好き」という気持ちだけでは、辿り着けない何かが、確かにあります。
高齢期のペットたちは、そのことをその存在、在り方で示してくれる存在なのです。




